こんにちは、MASAYAです!今回は 不定期でお届けしている【不登校再考記】の第3回です。このシリーズでは、不登校だった当時の自分の気持ちを振り返りながら、今の視点で考え直しています。前回は、勉強へのトラウマについてお話ししました。こちらからお読みいただけます!今回は、「完璧主義との向き合い方」についてお話します。この記事をお読みの方の中に、・このままでいいのかなと思いながら過ごしている・周りと比べて少し焦ってしまう...こんな気持ちを抱えている方はいませんか?この記事では、私が不登校だった当時、完璧主義に悩み、できたことに目を向けることで楽になれた経験をお話しします。この記事が、自分に対して悩んでいる方にとってヒントになれば嬉しいです。それではぜひ最後までお読みください!完璧主義によって自信を持てなくなった私は、不登校に悩んでいた中学生のとき、完璧主義によって自分に自信を持てなくなっていました。当時の私は、勉強の遅れや生活リズムの乱れなど、自分の理想と現実の差を強く感じており、理想の自分になるために、自分に対して高いハードルを課していたと思います。 「ただでさえ周りから遅れているのに中途半端では意味がない」「やるならちゃんとやらないといけない」そんなふうに思っていました。そうした気持ちから、「明日から勉強しよう」「今日は早く寝よう」と思っても、身体がついてこなくてできないことが多かったです。そうして、やろうと思ってもできないことを繰り返す中で、少しずつ自分に対する自信を失っていきました。できたことに目を向けることで、自分を許せるようになったそんな不安を抱えていた私は、「できたことに目を向ける」という考え方で少しずつ楽になれました。きっかけは、遠藤周作さんの「私にとって神とは」という本を読んだことでした。©光文社文庫この本の中で、「どんな罪を犯した人でも許される」というキリスト教の考え方に触れて、 「自分にそんなに厳しくしなくてもいいのかもしれない」と、少し考え方がゆるんだ気がしました。それからは、できていないことではなく、今の自分にできたことを見れるようになりました。たとえば、漢字ドリルをやろうと思って3ページしかできなかった日でも、「ほとんど何もできていない」ではなく、「3ページは進められた」と思うようになりました。そうやって見方を変えていくうちに、自分を縛るような考えやダメな自分を否定する気持ちは、少しずつ和らいでいきました。もし今、できていないことに目が向いてしまっている方は、ほんの少しだけでもできたことに目を向けてみてほしいです。どんなに小さなことでも、なかったことにしないだけで自分に対する見方は少しずつ変わっていくのではないでしょうか。まとめ|完璧じゃなくてもいいいかがでしたでしょうか?今回は、「完璧主義との向き合い方」についてお話ししました。できたことに目を向けることは、できない自分を無理に肯定するのではなく、自分に対して厳しくしすぎないことなのだと思います。完璧にできなくてもいいし、思った通りにいかない日があってもいいです。その中で、自分なりにできたことを見ていくことが、少しずつ前を向くきっかけになるのではないでしょうか。最後までお読みいただき、ありがとうございました!フリースクールについてのご質問等ありましたら、お気軽にお問い合わせフォームよりご連絡ください。記事についてのご意見・ご感想などもお待ちしております!